不知森神社
2018-05-27



もうどのくらい
此処にいるのか
何時から
此処にいるのか
俺はもう
こんな所にはいたくない
どうして
どうすれば
此処を出られるのか
呪いにでも掛かっているのか
知らぬ間に犯した罪の罰なのか
それとも
俺の頭が
どうかしてしまったのか

八幡の薮知らずと呼ばれる此の地は
往時から入ってはいけない禁足地として
全国に知れ渡っていた場所だそうだ
一度入ったら出られない
入れば必ず祟りがあると

駅から僅かに5分も歩くと
突如現れる鬱蒼とした竹藪
入ってはいけないという
タブーを
誰もが今でも守っている

知ってか知らずか
ペットボトルが中に捨てられていたりするが
捨てた人間はきっと
家に帰ってから熱を出したり
自転車がパンクしたりしたに違いない

市川市教育委員会が立てた説明板には
入ってはいけない理由が諸説あると書いてある
近くの八幡宮の行事の
魚を放す池の跡で
行事が途絶えた後も
入ってはならぬことだけが伝えられたと
訳のわからない結論付けをしている

諸説のもう一つに
将門の伝説がある

平将門平定のおり
平貞盛が八門遁甲の陣を敷き
死門の一角を残したので
此の地に入ると必ず祟りがある
というものだ

これもよくわからないのだが
将門打倒のため
此処に仕掛けを施したってことか
都合よく将門が此処に来ないことには
有効じゃないような気がするが
しかも将門が討たれた後も
仕掛けを解くのを忘れちゃって
今に至るということだろうか
貞盛しか解き方を知らねえんだよ
などと皆で溜息をついたのだろうか

これに関しては
平将門魔方陣という本で加門七海さんが
さらりと謎を解いている

薮知らずから東北
つまり鬼門の方角へ
辿っていくと
茨城県稲敷郡美浦村の辺りに
ぶつかるのだそうだ
そこは将門が守護神とした神仏を
将門自ら祀った場所で
つまりこの薮知らずは
将門の守護神を
今でも死門で封じ込め
将門の復活を或いは祟るのを
防御する
謂わばインフラシステムであったのだ

そりゃ疎かに破壊したり
好立地マンション建てたりは出来ないよね
行政サイド或いは国か?もきっと
秘密裏にこの事が
延々と受け継がれているに違いない

放射性廃棄物を10万年間埋めておく時も
この禁足地のシステムを使うと良い
その意味が忘却されてから後も
人々はきっと
そこには近づかないように
するだろうから

禺画像]

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