東小岩天祖神社
2020-04-12



ある日突然あいつらはやって来たんだ
皆で平和に暮らしていたのに
今までの生活は全て奪われた
これからはもう
あの頃のようにはいかない

東京都と千葉県を分かつ江戸川
その河畔近くに小ぶりの神社がある
ひっそりとした佇まい
境内はきっと時間が止まっているんだろう

天祖神社というのは
それこそそこかしこにある
伊勢神宮の神
即ち天照大神を祀っている神社だ

現代人の頭では
きっと昔の人は
なかなか伊勢神宮には参拝に行けないもんで
近場で済ませるコンビニ的なものを
作ったのだろうくらいに思ってしまうが
いや実際はそんなことも思わんのが大半だろうが

平安時代中期から鎌倉時代にかけて
有力な神社が御厨ミクリヤという
いわゆる荘園の所有を
全国各地に拡大していた
有力な神社というのは
伊勢神宮や賀茂神社など
もうこの頃から一大勢力だったのだね

そしてこの江戸川の河畔にも
葛西御厨という
大きな御厨があったらしい
きっとある日ズカズカと土足で入って来て
今日からここは神の領域だとかなんとか言って
元から暮らしていた人達を困らせたに違いない
地域の特産品を治めることで
神税が免除されたということだ
なんだ神税って

この東小岩天祖神社は
弘治元年(1555年)の創建だという
時は室町時代で信長なんかが暴れ出す
寸前くらいのタイミング
残ってる記録によれば
1553年1月
伊勢外宮庁が葛西御厨三十三郷の
神税上分の納入を命ずる
とある
そんなもん出来るかいと
言うことを聞かない人達を
統治する目的で
天照大神をここに祀った
というのが本音のところではなかろうか
実際各地の天祖神社や神明社は
御厨や神田があったところに
置かれていたようだ

さらに
境内には水神宮と彫られた
小さな祠がある
川の氾濫を治めるために
元は水神を祀ってた場所ではないか
水神は罔象女神ミツハノメノカミ
という神様で
実はあのニギハヤヒと同一という説がある
その上にアマテラスを乗っけた
そんな支配の構造が少し垣間見えるだろう

権力者やウイルスなど
強い力を持つ輩が
突然に
私たちの生活を掻き乱す
私たちにしてみれば
どちらもテロリストと一緒だ
そしてそれにじっと
耐えるしかない
耐えたその先にはきっと
また同じように笑える日が来ると信じて

「ここで踏ん張ったらきっといつかそのうち
 面白いことがあるような気がするからさ
 元気はなくさんさ

 お前も
 元気はなくすなよ」

(SION「元気はなくすなよ」)

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